2020年01月16日

電気シェーバーの電池交換

電気シェーバーの電池交換
パナソニックのラムダッシュというシェーバーの電池の持ちが悪くなったので交換することにしました。充電式のリチウムイオンバッテリーです。同じ型番のものはなかったのですが、互換性のあるものがありました。
用意するものは、ピン(安全ピンか押しピン)と精密ドライバーだけです。2本のネジはゴムのカバーがあるのでピンで外します。あとは計7本のネジを外すだけです。途中でカバーをスライドして外したりは必要ですけど。意外と簡単です。電池の極性だけは注意が必要です。
以前、マックブックのハードディスクをSSDに交換するために分解した時は、ネジが3本余ってしまいましたが、この本数だと問題ないですね。
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2020年01月13日

井上勝像

井上勝像
日本鉄道の父といわれる井上勝の像が、東京駅丸の内側駅前広場の北端にあり、東京駅駅舎の方を向いています。最初に1914年に設置され、戦中の金属供出で撤去されましたが、1959年に再建されました。工事により場所は移動していますが、2017年に今の場所に落ち着きました。台座には、「正二位勲一等子爵井上勝君像」とあります。1843年山口県萩市生まれで、萩駅前にも銅像があります。
長州藩士の三男として生まれ、長州ファイブと呼ばれる人たちとロンドンに行き、鉱山技術、鉄道技術などを学び、明治新政府で鉄道事業の推進をしました。京都と東京をつなぐ路線として中山道で進めていましたが、難工事で東海道に変更し1889年(明治22年)に完成させました。碓氷峠も1888年に開通させています。
今の東北本線、青森までも1891年(明治24年)に開通させました。1896年(明治29年)汽車製造合資会社を設立し、機関車も国産化しました。
1910年(明治43年)に視察中のロンドンで亡くなりました。
お墓は、北品川の東海寺墓地にあり、鉄道記念物に指定されています。すぐ後ろを東海道新幹線が通っています。
2020年01月12日

原敬首相暗殺現場

原敬首相暗殺現場
1921年(大正10年)11月4日、当時の首相、原敬が大塚駅職員の中岡艮一によって、東京駅乗車口で刺殺されました。現在の丸の内南口で、手前の床に丸い印があります。奥の壁に「原首相遭難現場」の説明プレートがあります。
原が政商や財閥中心の政治をし、野党の提出した普通選挙法に反対していたことなどが理由ですが、右翼との関係もあったらしいです。短刀での犯行手口は右翼が好むそうです。
中岡は死刑の求刑で、無期懲役の判決を受けましたが、恩赦で1934年には釈放されています。1980年に亡くなりました。
浜口雄幸首相が狙撃された現場も東京駅にあります。こちら。前記事では書きませんでしたが、浜口首相を狙撃したのも右翼青年でした。佐郷屋留雄は死刑判決を受けましたが、恩赦で無期懲役となり、1940年に仮出所しています。右翼活動を続けたのち、1972年に亡くなりました。
日本の首相で暗殺されたのは5人ですが、そのうち2人が東京駅で襲われています。
2020年01月11日

豊洲水門

豊洲水門
豊洲橋から見ている豊洲水門で、右側が江東区越中島3丁目で、左側が江東区豊洲1丁目です。右側の建物がルネ・ベイグランデで、左側がキャナルワーフタワーズWESTです。
手前が豊洲運河で、奥が隅田川派川で、豊洲貯木場跡でもあります。中央区佃のビル群の向こう側を隅田川本流が流れています。
門扉形式は複葉ローラーゲートで、17.4m×2連、上空制限高+5.7mで、1962年(昭和37年)竣工です。割と幅の広い水門で上の操作室も長いです。「安全とみんなの笑顔を守ります」と書いてあります。門扉は昨年再塗装したばかりです。
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2020年01月10日

菜の花

菜の花
子供の頃食べなかった野菜に、ブロッコリー、ズッキーニ、ゴーヤとかあるのですが、菜の花もですね。和風なのにね。スーパーで見かけるようになったのは最近のような気がします。
香港の中華料理では昔から普通に食べられています。おひたし、からし和え、卵とじとかが定番ですかね。
一個だけ黄色い蕾がありました。春が近いん感じでいいですね。
posted by エダヤスオ | Comment(0) | 写真>┴物撮り
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