2019年07月10日

品川古道 天保二年道標(中延)

品川古道 天保二年道標(中延)
品川区中延5丁目、荏原町駅入口の交差点にあります。変則的な六差路です。天明三年銘石造道標の200mぐらい南ですね。この道標の南側は北馬込2丁目で、大田区になり、区境です。
ガードパイプでがっちり守られています。
右側には「南・いけがみ道」、左側には「西・せんそく・おくさわ道」とあります。東海道の南品川宿から大井を通り、区境の道を通って中原街道に至る「品川道」と、平塚橋で中原街道から分岐して、中延を通り、馬込を経由して、新居宿に至る、通称「中通り」との交差点です。「品川道」は府中まで続いているようです。武蔵国の国府があった場所ですね。
天保2年は1832年です。
タグ:区境
2019年07月05日

夢告観音(南馬込)

夢告観音(南馬込)
大田区南馬込5丁目にある夢告観音菩薩です。都営地下鉄西馬込駅東口からすぐで、第二京浜(国道1号)から少し入ったところです。後ろのフェリス河原が改装工事中のため、足場に囲まれています。
夢告観音(南馬込)
元々、江戸時代には無名塚にありましたが、道路になり、明治に河原氏の墓地に収容すると、夢枕に立ち、元の場所に安置せよと告げられ、現在地に移しましたが、道路拡張で少し移動したようです。河原氏の墓地は閻魔堂の裏にあります。
將監谷に居住した岡田將監なる行者の元禄時代の作らしいです。
2019年07月02日

光明寺道標

光明寺道標
東急多摩川線下丸子駅北側の五差路に立つ道標です。歯医者さんの前にあります。このビルの後ろのビルの裏が環八です。大田区千鳥3丁目で、下丸子駅3分です。
1851年(嘉永4年)建立で、この状態で高さ142cmで、折れた上部は光明寺に保存されています。
このビルの前を右方向に進むと、環八を斜めに横切って池上へ向かう、「平間街道(古池上道)」です。右手前(道標の右側面方向)へ行くと、六郷の渡しに向かいます。多摩川下流方向です。左手前(道標の見える正面方向)へ行くと下丸子駅へ向かいますが、これも「平間街道」で、平間と矢口の渡しへ向かいます。多摩川への最短方向ですね。このビルの左方向へ向かうとすぐに光明寺があり、多摩堤通りで丸子の渡しへ向かいます。多摩川上流方向です。このビルの左奥へ向かうと、環八を斜めに横切って、藤森稲荷とぬめり坂の庚申塔と道標に当たります。「うの木光明寺道」ですね。ぬめり坂の記事では「鵜ノ木街道」と書いてあって、行き先不明でしたが、以前紹介した天明三年銘石造道標に「うの木光明寺道」と刻まれていました。道々橋を渡って新幹線をくぐって学研通り、夫婦坂を通って中延に至るようです。
光明寺は8世紀の創建で関東の高野山と称されるほどの由緒ある大きなお寺だったようです。境内一万坪です。環八の開通が遅れた原因ですね。現状の4車線になったのは1989年(平成元年)です。
道路名が新旧入り混じって分かりにくいので、江戸時代の呼び名を鉤括弧にしました。
2019年06月29日

ぬめり坂の庚申塔と道標

ぬめり坂の庚申塔と道標
大田区南久が原2丁目にある「ぬめり坂の庚申塔と道標」です。下丸子近くの環八の北側の藤森稲荷の横のぬめり坂を上って行った、Y字の場所にあります。
青面金剛が立派な庚申塔は1677年(延宝5年)造立です。下に三猿も見えます。駒形で高さ120cmです。
白っぽい角柱が道標です。正面に「池上本門寺大森・矢口新田神社川崎」、右に「東てふふゑき久が原五反田方面」、左に「峯御嶽神社奥沢・大岡山 洗足池方面」とあります。この道標は1928年(昭和3年)造立です。
このY字を右に行くのが、「鵜ノ木街道」と呼ばれる古道で、道々橋へ向かい、新幹線をくぐって北へ行くと中原街道で、東北へ学研通りを通ると夫婦坂に出ます。途中に久が原の庚申堂久が原の庚申堂(出世観音前)があります。くねくね曲がっているのが古道の特徴です。学研通りは新しい道ですね。
2019年06月27日

久が原の庚申堂(出世観音前)

久が原の庚申堂(出世観音前)
大田区久が原2丁目にある庚申堂です。出世観音前の交差点の近くにあります。久が原3丁目の庚申堂と区別するために、出世観音前をつけています。後ろの建物が野村証券の寮で、その南側に出世観音があります。
左の庚申塔が1692年(元禄5年)、右のは1700年(元禄13年)建立です。

以前紹介した、久が原の庚申堂の庚申塔は、それぞれ、1701年(元禄14年)と1735年(享保20年)建立のようです。
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