2020年03月03日

せり出し物件(石川町)

せり出し物件(石川町)
大田区石川町2丁目で発見しました。奥の白いのがNTT隣の葬祭場で、中原街道沿いにあります。少し入ったところです。
せり出し量は少ないのですが、せり出し方が今までにないパターンです。道路拡張で1階部分は道路に沿って削ったけれども、2階部分はそのまま残したという感じでしょうか。こういうのは珍しいですね。強度的に大丈夫だろうかとか、大型車来たら擦るんじゃないかとか不安になります。
建物右側は一方通行出口ですが、左側は両通道路です。
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2020年03月02日

ナポリタン

ナポリタン
この時期、トマトを売ってなかったり高かったりするので、ケチャップです。一応、有機トマトで作ったものを選んでいます。あと、玉ねぎ、ピーマン、パプリカなどですね。
ディ・チェコのフェデリーニNo.10で、茹で時間6分です。かなり細いです。
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2020年03月01日

安田眼科医院と倉田百三(南馬込)

安田眼科医院と倉田百三(南馬込)
大田区南馬込3丁目にある安田眼科医院です。環七の一本西側の通りです。明かり取りの窓が建物から飛び出していて、シャープな形状なので目立ちます。斬新なデザインの建物です。せり出している部分は少ないのですが、せり出し物件に分類します。
前に馬込文士村の看板があり、倉田百三がここに住んでいたのですね。1891年(明治24年)広島県庄原市生まれで、明石から大森新居宿をへて、1925年(大正14年)に、こちらに越してきて以来ほぼこの家で暮らしました。ギリシャ風円柱の玄関柱、藤棚、栗の木で造られた書斎のある洋館でした。1943年(昭和18年)この家で51歳で亡くなりました。若いときから肺結核を患っていたのですね。「出家とその弟子」が代表作です。
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2020年02月29日

堀ビル(新橋)

堀ビル(新橋)
港区新橋2丁目、外堀通りと赤レンガ通りの交差点にある堀ビルです。1890年(明治23年)に鍵と錠前、建築金物などを扱う堀商店が創業しました。塔屋のある2階建ての木造洋風建築でしたが、関東大震災で焼け、1932年(昭和7年)に再建されました。鉄筋コンクリート造4階建て、塔屋も付いています。公保敏雄と小林正紹の兄弟が設計し、安藤組が施工しました。小林正紹は国会議事堂設計チームの中心であり、神宮外苑の絵画館も設計しました。
この建物は東京都の選定歴史的建造物で、登録有形文化財でもあります。1階がショールーム、2階3階が事務所、4階が住居になっています。
角丸の建物で円形の階段がおしゃれですね。スクラッチタイルはイギリスから取り寄せたもので、レリーフなどの細かい細工も素晴らしいです。
この写真、奇跡的に人がひとりも写っていません。この場所としては珍しいです。長時間露光とかじゃないです。車道から撮っていますので。
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2020年02月28日

沢庵和尚と井上勝のお墓(北品川)

沢庵和尚のお墓
昨日の記事、近代硝子工業発祥之地の脾の横、JR京浜東北線沿いに進んでいくと、東海寺大山墓地があります。京浜東北線と東海道新幹線に挟まれた三角の敷地で、品川区北品川4丁目です。
こちらが、沢庵和尚のお墓で、墓石は扁平な自然石です。国指定文化財です。
沢庵宗彭、1573年、但馬国出石(兵庫県豊岡市)生まれ、紫衣事件で出羽国に流罪になった後、江戸に出て、1639年に東海寺を創建しました。1646年、74歳で亡くなりました。豊岡市の宗鏡寺にもお墓があります。
沢庵漬は沢庵和尚が考案したという説と、関西で親しまれていたものを江戸に広めたという説があります。徳川家光が東海寺の沢庵を訪れた時、大根のたくわえ漬を供したところ、家光が気に入り、沢庵漬と名付けたとも伝えられています。
井上勝のお墓
こちらは井上勝のお墓です。日本鉄道の父といわれる人で、このお墓は鉄道記念物に指定されています。後ろを新幹線の車両が通っています。
東京駅丸の内側駅前広場に井上勝像があります。業績に関してはそちらを参照してください。
他に、江戸中期の国学者、賀茂真淵のお墓、江戸の天文学者、渋川春海のお墓、裏千家第六世、六閑斎宗安のお墓、江戸の儒学者、服部南郭のお墓、北品川出身の演歌歌手、島倉千代子のお墓もあります。
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