2021年05月29日

桐畑地下道脇の湧水池(南大井)

桐畑地下道脇の湧水池(南大井)
京浜東北線や東海道本線をくぐる桐畑地下道を海側に抜けた先にあります。大井水神公園で、品川区南大井6丁目で、大森貝塚遺跡公園の近くです。
武蔵野台地が海の侵食で削られた地形で、関東ローム層の下の地下水脈の層が表面に現れた場所ですね。1877年(明治10年)モース博士が汽車の中から貝塚を発見した場所です。
近くの大井の水神社でも湧水が出ていて貴重な水源だったようです。
posted by エダヤスオ | Comment(0) | 写真>散歩写真
2021年05月26日

C57の主動輪(祐天寺)

C57の主動輪(祐天寺)
目黒区祐天寺1丁目、商店街の一角にあります。祐天寺駅通りの一本北側の通りです。蒸気機関車の保存には場所が必要なので、残念ながら解体されるものも多いです。部分的に保存されるとしたら動輪ですね。
1973年に日豊線で昭和天皇のお召し列車を牽引したC57117号で、日本最後の国鉄蒸気機関車牽引のお召し列車だったのです。先輪が鹿児島県帖佐駅前、第一動輪が宮崎県西都城駅前、主動輪がここに保存されています。C57は愛称「貴婦人」で1937年〜1953年まで製造されました。「C」なので動輪は3つですね。
この動輪の所有は、鉄道文化振興会とカレーステーションナイアガラとなっています。だから説明表示板が黄色なのですね。近くにある鉄道好きの人に有名なカレー屋さんです。
2021年05月23日

カトリック聖ヨゼフ修道院(六本木)

カトリック聖ヨゼフ修道院(六本木)
港区六本木4丁目にあるカトリック聖ヨゼフ修道院です。六本木通りから少し入った麻布警察の通りで、三河台公園の裏です。
修道院というと教会に準じた建物を想像しますが、意表をつく普通のビルですね。右端にチャペルがあります。
六本木にあった防衛庁の敷地内にGHQの建物があって、そこで働く兵士のためにフランシスコ会のニューヨーク管区の司祭たちが来日し、教会を開いたのが始まりだそうです。修道院は、旧川村邸を使い、のちに増築しています。左端の屋根の庇がある部分が、旧川村邸ですね。
志賀直哉は、14歳から29歳までこの向かいに住んでいました。転居の多い作家なので、全国に数多くの旧居跡があります。
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2021年05月20日

第六天社(上目黒)

第六天社(上目黒)
中目黒駅の南側にある中目黒GTタワーの隣にある第六天社という神社です。住所は目黒区上目黒2丁目で、目黒銀座(蛇崩・伊勢脇通り)に面していて、中目黒駅から2分です。
創建年不明で、ご祭神は、天神六代の神である面足尊(男神)、惶根尊(女神)です。
最初は山手通りのところにあった石川橋の付近にあり、水害や旱魃から守る農業の守護神でした。明治期最後の神社合併策により、上目黒氷川神社に合祀され、社地跡も山手通りの工事で失われました。1935年(昭和10年)地元有志の発起により目黒銀座の飲食店街の路地裏に再建されました。中目黒駅前の再開発のため、1999年(平成11年)に中目黒八幡神社に仮安置され、2002年(平成14年)現在地に移されました。第六天社の流浪の歴史です。
健康長寿、商売繁盛、家内安全の神として地元の人たちに厚く信仰されています。
posted by エダヤスオ | Comment(0) | 写真>┴神社仏閣
2021年05月17日

日本酒バル縁(銀座)

日本酒バル縁(銀座)
銀座でも端の方になると古いビルが残っていますね。中央区銀座1丁目の日本酒バル縁(えにし)です。ビル名を調べたけど分かりませんでした。このお店しか入ってないようですね。3階建ての看板建築です。左側は新しくなっていますが、正面の2階以上は古いままで、中央が半円形のパラペットがいいですね。紋章みたいなものが付いています。
銀座は四方が首都高と東京高速道路に囲まれています。かつての川ですね。1丁目と8丁目が端で、1番地が端ですが、1,2,3丁目、6,7,8丁目には1番地がありません。1丁目は28番地まで、8丁目は21番地までありますが、他は、14〜18番地までですね。
このビルは、1丁目22番地なのでまあまあ端の方です。後ろに見えるのは銀座タワーです。
タグ:看板建築
posted by エダヤスオ | Comment(0) | 写真>┴レトロ建築
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