2022年10月31日

大森貝墟の碑(山王)

大森貝墟の碑(山王)
大田区山王1丁目にある「大森貝墟の碑」です。大森駅から北に100mぐらいの京浜東北線の線路沿いにあります。大森貝塚遺跡庭園が品川区大井6丁目にあるのに、なんで大森貝塚なのかなと思っていました。発掘品は品川歴史館(大井6丁目)に収蔵展示されていますし。
実際の発掘現場はこちらだったのですね。ただし、住所は山王ですけど。
大森貝墟の碑の入口(山王)
NTTデータ大森山王ビルの横を入っていった場所です。見学時間が9時〜17時なので注意が必要です。池上通り沿いに大森貝墟の碑のレプリカがあります。1/2サイズです。
大森貝塚遺跡庭園の記事はこちら
2022年08月15日

磐井の井戸(大森北)

磐井の井戸(大森北)
大田区大森北2丁目、磐井神社の前にある磐井の井戸です。第一京浜・国道15号沿いにあります。
東海道往来の旅人に利用されていた井戸で、この水を飲むときは、心正しければ清水、邪心があれば塩水になるという言い伝えがあり、霊水・薬水とも呼ばれていました。
元々は磐井神社の境内にあったのですが、1927年(昭和2年)、第一京浜としての東海道の拡幅工事により、道路際になってしまいました。
古地図で見るとこの辺りの東海道は海沿いの道だったようです。1kmぐらい北に鈴ヶ森刑場がありました。江戸の南の入口とされている場所です。小塚原が北の入口ですね。
2022年07月18日

左卜全住居跡(若林)

左卜全住居跡(若林)
世田谷区若林1丁目の住宅街にあります。今は普通の小さいアパートになっていて、記念碑と説明板があります。
黒沢映画などの名脇役で有名な左卜全が1971年(昭和46年)77歳で亡くなるまでこちらに住んでいました。彼が亡き後も奥さんの糸さんが1996年(平成8年)に87歳で亡くなるまで住んでいました。
このアパートは、「プレステージ レフト」という名称で、彼の名前にちなんでいます。ここにあった冠木門は出生地である所沢の彼のお墓に移築して残されているようです。
2022年06月07日

玉川上水の石枡(清水谷公園)

玉川上水の石枡(清水谷公園)
千代田区紀尾井町の清水谷公園に展示してある、玉川上水の石枡で、麹町3丁目で出土したものです。千代田区指定文化財になっています。1970年(昭和45年)に国道20号線(麹町大通り)の共同溝拡幅工事の際に発見されました。4代将軍徳川家綱の命で1653年に着工し、翌年に竣工しました。多摩川上流の羽村で取水し、四谷大木戸に至る43kmを開渠で導水し、江戸市中へは石樋や木樋による暗渠で配水していました。
木樋の挿入口が見えますね。同時に出土した木樋は千代田区立日比谷文化館で展示されています。江戸時代の土木技術も大したものですね。
開渠の玉川上水が残っている場所もあります。こちら
2022年05月26日

ルーパロマーナ(日比谷公園)

ルーパロマーナ(日比谷公園)
日比谷公園第一花壇の西側にある彫像で、「ルーパロマーナ」といいます。1938年(昭和13年)にイタリアから東京市に寄贈されたもので、ローマ建国の大業を成し遂げたロムルス、レムス兄弟の有名な伝説に基づいた像です。
幼い兄弟は、祖父を殺し王位を奪ったアムリウスによってチベル川に流されましたが、忽然と現れた一匹の牝狼に助けられ、その乳を飲んで成長し、成人した兄弟は祖父の仇を討ちローマを統一したと言われています。
これはちょっとわかりにくい場所にあるので知らない人もいるかもしれません。一度見ると忘れられない像ですけどね。
タグ:日比谷公園
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